先輩農家の体験記

Interview


中川果樹園

中川愛久

■所在地:秋田県 潟上市
■栽培品目/栽培面積:なし/55a、りんご/30a
■売上金額年間約400万円
■販路:JA 5 0 %、直売 50 (直売所、大手スーパー、秋田県産直サイト)
■就農時の年齢:41歳
■利用した補助事業:農業次世代人材投資資金(現 新規就農者 育成 総合対策(就農準備資金・経営開始資金))/移住就農 者生産体制整備 支援 事業


東京からのUターン。充実した研修制度で農業の道へ

秋田市出身の中川愛久さんは、高校卒業後、東京の大学へ進学。資格試験を目指しながら勉強を続けていました。東京での生活が20年を過ぎたころ、故郷へ帰りたいという思いが募り、秋田へUターンを決意。ゼロからのスタートということもあり、研修制度がしっかりしているところで働きたいと考えていた中川さん。JAに勤務する義姉やハローワーク職員の兄から、農業はしっかりとした研修制度が用意されているとの情報を得ました。

県の農業公社で話を聞くと、研修のステップアップ制度が充実していることがわかりました。まず、2泊3日の農家見学会への参加をすすめられ、果樹、水稲、野菜農家を見て回った中川さんは、果樹農家のなし栽培に興味をもったと言います。「この味なら勝負になる、と思いました。農業は競争社会だと聞いていたので、自分もよそに勝てるような作物を作ってみたい、という気持ちになりました。」その後、3カ月の農業研修を体験したのち、本格的に果樹農家での研修をスタートさせました。

研修先の農家からなしの成木園を借り就農1年目から収入を確保

2年間研修先の農家で地道に仕事を続け、果樹栽培についてさまざまなことを学んだ中川さん。技術だけでなく、独立就農する際には、研修先の農家からなし園を借り受けることができました。果樹栽培は、苗木を植えてから収穫が可能になるまでに数年かかります。その間の収入確保が課題となり、新規就農者にとって果樹栽培へのハードルは高くなります。中川さんは、すぐに収穫可能な成木園を借りられたため、就農1年目から比較的安定した収入を得られたそうです。なし以外にも、りんごを栽培するために、なし園からアクセスのよい場所を探していた中川さんは、近隣の農家が所有している畑を借りることに。りんごは苗木を植えるところからのスタートで、園地を整備するのに一大工事が必要でした。

秋田市の自宅から潟上市の園地までは約4キロ。比較的近距離ですが、周辺の農家との面識はありませんでした。「農家さんとは毎日顔を合わせますし、何かあったときにはご近所が頼りです。この地域で頑張っていく姿を見せなければいけないと思っていました。」収穫したなしをJAへ出荷している中川さんは、1〜2年目あたりから、まわりの農家からの反応に変化を感じました。「農家は出荷したもので評価されます。ちゃんとしたものを継続して出すことができて、ようやく評価してもらえたのかなと思います。」

必要な農機や設備は手厚い支援事業を活用して調達

就農1年目から収穫可能ななし園を借りることができたものの、農業機械や出荷調整に必要な作業場など、準備しなければならないものもありました。「年間最大150万円が受け取れる国の補助事業、農業次世代人材投資資金(現新規就農者育成総合対策(就農準備資金・経営開始資金))や、県の手厚い支援事業で、自己資金はほとんどなしで、必要なものをそろえることができました。」中川さんが就農準備を始めたころには、秋田県に移住して農業を始めたい人を支援する、県の「移住就農者生産体制整備支援事業」がありました。この支援事業では、必要な農業機械のすべてを農業公社からリースできたと言います。「国と県の2つの支援事業を活用して、ステレオスプレイヤ(防除用)、乗用モア(草刈り機)、運搬車、井戸、ポンプ、配管、予冷庫、作業用ハウス、軽トラを用意できたほか、りんごの苗木を植えるときも借り入れなしでできました。」
(※中川さんが利用した、県の移住就農支援制度はすでに終了していますが、県内各市では、移住就農者の経営安定のための支援制度が用意されています。)

県の販路拡大支援事業でビジネスの世界に旅立つことができた

農業を始める際に、国や県の支援制度を活用できた中川さんですが、就農後も県やからのさまざまなサポートを受けています。ひとつは、月に1回行われる果樹の月例会。防除に関する説明会で、県の果樹試験場や普及員による栽培技術の講習が受けられます。必要な作業内容は冊子にまとめて配布されるので助かっています。栽培で困ったことがあれば相談することができ、果樹栽培への手厚いサポートを実感しています。さらに、2021年に参加した県の販路拡大支援事業では、実際に商談会に出展して、新規の取引先を見つけられる研修を受けました。バイヤーとの商談に役立つFCP(フード・コミュニケーション・プロジェクト)シートの作成のしかたや、必要な書類などを教えてもらい、商談会では2件の新規顧客を獲得できました。就農当初の販路はJA出荷と直売所の2つでしたが、販路拡大支援事業を担当していた県の農業経済課販売戦略室からのオファーで、現在は、大手スーパーや産直サイトなどの大口顧客との取引も行っています。高単価・高収入が見込める取引先を獲得でき、販売面でも県のサポートが受けられたことに感謝しているそうです。

農業が楽しくてしかたがない。規模拡大も視野に

中川さんの現在の売上は、年間400万円弱。なしのほか、ゼロから苗木を植えて4年間頑張ってきたりんごは、2022年からようやく収穫できるようになり、その収入も増えました。国からの給付金を受給できている間はそこに150万円程度がプラスされる計算です。栽培にかかる経費を引くと、手取り額はそれよりも少なくなりますが、東京での生活と現在を振り返り、秋田に戻ってからの方が金銭的、心理的なゆとりを感じられるようになったと話します。さらに、時間的な余裕ができたことも大きなメリットだと感じています。「農家がよく使う言葉に「段取り」というのがあります。農業は段取りがすべてです。段取りを重ねて仕事を完成させるのですが、それを組み立てるのが農家の一番の楽しみだと思っています。畑は自分がやらなければ作業が1ミリたりとも進みませんが、それが大変でもあり、楽しいところでもあります。自分で時間をコントロールできることにもゆとりを感じています。」時間があれば、ついつい畑に行ってしまうという中川さん。ひまな時間があると「もったいない」と感じるので、もう少し面積を拡大していきたいと、意欲をのぞかせます。今は作業が楽しくて仕方がないと語る中川さんにとって、農業との出会いは人生を変える大きなできごととなりました。